テンプレートの時代と、変わらない核 ~ 再現性が支配する社会における個の戦略
第1章 情報優位の時代は終わった
かつては、情報を持つ者が優位に立った。情報が希少だった時代、出自、学歴、職歴、家柄といった履歴は信用となり、そのまま機会となった。情報格差は階層そのものであり、知っているか否かが成功確率を決めた。だが社会が成熟するにつれ、情報は共有され、拡散し、均された。コンピューター、インターネット、スマートフォン、そしてAI。情報そのものは、もはや特権ではない。
現代は、情報を得るだけでは差がつかない。優位性の源泉は、情報量から再現性へと移行した。
AIの登場は、この変化を決定的にしたように見える。しかしAIとは本質的に統計処理であり、過去の膨大なデータから最も確率の高い応答を導き出す装置である。それは新しい思想の発生装置ではなく、既存のパターンの高精度な再構成装置に近い。
つまりAIは、創造の源泉というより、巨大なテンプレート生成装置である。統計から導き出された平均的最適解。再現性を極限まで高めた出力。それを新規性と錯覚する者も多いが、実態は既存パターンの圧縮と展開である。AIを使うこと自体は優位性ではない。それをどう構造の中に位置づけるかが差になる。
第2章 テンプレートが支配する社会
現代の社会は、テンプレートによって運営されている。
同じ結果を。
別の場所でも。
別の人間でも。
同じ手順で出せる。
この条件を満たすものだけが、拡張し、投資され、巨大化する。
再現できるものは複製できる。
複製できるものは拡大できる。
拡大できるものに資本は流れる。
企業はコンサルタントによって設計され、業務はマニュアル化され、人材は交換可能になり、成果はKPIで測定される。この構造の中での成功は、個人の独自性の証明とは限らない。評価されているのは、個性ではなくテンプレートへの適合度である。
AIもまた、この構造の延長線上にある。再現性を極限まで高める装置。平均解を高速で生成する補助線。したがって、AIの登場によって創造性が民主化されたというより、テンプレート化の精度が上がったと見る方が現実に近い。
第3章 二層化した成功モデル
2010年代以降、社会は二層化した。一つは、成熟したテンプレートの中で働く一般層。もう一つは、テンプレートの外側でリスクを取り跳ねる新富裕層。前者は安定するが上限がある。後者は飛躍するが持続しないことも多い。テンプレート内の成功と、テンプレート外の成功は構造が違う。しかし多くの人はこの二つを混同する。
設計されたビジネスモデルの中で成果を出しても、それが個人の市場価値に直結するとは限らない。逆に、独自性で跳ねた者も、その成功が再現できるとは限らない。どちらも資本主義というゲームの中の役割である。
第4章 再現性という分岐
ビジネスの分岐は、規模ではない。再現性があるか、ないかである。
再現性のある仕事は仕組みで回る。
人を増やせる。
拡張できる。
売却できる。
再現性がない仕事は本人依存になる。人を雇っても補助しかできない。拡張しないが、代替も効かない。いわゆるワンマン経営、オンリーワン事業である。
どちらが優れているかではない。構造が違うだけだ。
しかし、この分岐を見誤ると苦しくなる。再現できない事業を無理に組織化し、再現できる事業を個人で抱え込む。構造の誤認が戦略の誤りを生む。
第5章 セミナーと情報幻想
現代には意識の高い層を集めるセミナーが溢れている。だがそれらの多くは、情報が希少だった時代のモデルに近い。情報を得る者が勝つ。その前提が、すでに崩れている。本当に再現できるビジネスモデルは、すでにテンプレート化され企業に組み込まれている。個人向けに販売されている時点で、それは初期情報か例外か、あるいは教育そのものが収益源である可能性が高い。
AIも同様である。AIを使えば誰でも稼げるという言説は、情報優位時代の残像に近い。AIは統計処理による平均解生成装置であり、それ自体が優位性になるわけではない。むしろ、AIを過剰に新規性として消費する態度は、構造を理解していない証拠になりやすい。現代で差を生むのは、情報量ではなく、適性と再現性である。
第6章 個性派経営とテンプレート設計
個性の強い経営者が率いる従来型の組織と、コンサルタントが設計したテンプレート組織は、目的も存在意義も違う。前者は突破力を持つが再現しにくい。後者は安定するが平均化される。そして現代には、そのどちらでもない立場がある。テンプレートを使いこなす個人である。個人でも、外注、AI、プラットフォーム、自動化を利用できる。組織を支配する必要も、大衆を管理する必要もない。構造を利用する側に立つことができる。
第7章 変化と核
資本主義は変化を要求する。変わり続ける者に機会を与える。だが人間は、完全には変化できない。すべてを更新すれば、自我は崩れる。
だから必要なのは、変わる部分と変わらない核の分離である。
戦略は変える。
環境に適応する。
モデルを更新する。
しかし、思想。美意識。判断基準。身体感覚。これらまで頻繁に変える必要はない。むしろここが固定されているからこそ、外部に合わせて柔軟に動ける。外側は変わる。内側は変えすぎない。
終章 テンプレート時代の生存戦略
テンプレートは社会を平均化する。だが同時に、個の核を試す。
すべてをテンプレートに委ねれば、安定は得られるが自分は残らない。すべてを個性に委ねれば、自由は得られるが持続しない。
必要なのは、どちらかを選ぶことではない。自分がどの構造にいるのかを理解すること。
再現性のある領域なのか。
再現性がない領域なのか。
拡張すべきなのか。
精度を上げるべきなのか。
人は、自分に向いていることしか長期的にはできない。だからこそ、周囲のモデルよりも自分の再現性を見る。
資本主義という変化のゲームの中で、変わり続けながら、変わらない核を持つ。それが、テンプレートが浸透した時代において個が生き延びるための最も現実的な態度である。