物が溢れる時代に問う、幸福とモノとの関係

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物が溢れる時代に問う、幸福とモノとの関係

かつて日本人の暮らしは、「必要最低限」が当たり前だった。戦後の焼け野原から立ち上がり、高度経済成長を経て、ようやく物が身の回りに揃い始めた頃、人々は「所有すること」によって豊かさを実感しはじめた。

とりわけ団塊世代と呼ばれる人々の登場とともに、「コレクター」という存在が文化の一角を形成しはじめる。彼らは、時計やレコード、カメラ、舶来のブランド品などを集めることに熱中した。それは単なる収集癖ではなく、物を通じて「時代の記憶」や「自己のアイデンティティ」を確かめる行為でもあった。彼らにとって物とは、誇りであり、記録であり、自分という存在を語る“証拠”だったのだ。

1973年、固定相場制から変動相場制へと移行し、円高によって海外製品が身近な存在となったことは、モノの価値観を一変させた。1980年代に入ると、アメリカ文化が一般層にも広まり、舶来品や欧米のスタイルが日本社会に急速に浸透していく。音楽、ファッション、スポーツ、食文化。どれもが新鮮で、若者たちを魅了した。

そしてバブル景気の到来。80年代後半、日本は狂騒のような熱気に包まれた。だが、90年代にバブルが崩壊しても、人々の購買意欲がすぐに冷めることはなかった。団塊ジュニア世代は青春期を迎え、クルマやバイク、音楽やファッション、DJ文化が一世を風靡し、アナログレコードが再評価されるなど、文化的な多様性が生まれていく。

2000年にはヨーロッパでユーロという共通通貨が誕生し、さらに多くの欧州製品や文化が日本に入ってきた。物理的にも心理的にも「世界との距離」が近くなったことで、消費行動は国境を超えたものへと拡張されていく。

だがその一方で、日本国内では派遣社員や非正規雇用が増加し、所得格差が顕在化する。こうして登場したのが、ユニクロをはじめとした低価格のファストファッションである。ZARAやH&Mといった海外発の低価格ブランドも広く受け入れられ、「安くてそこそこ良いもの」が主流になった。

2008年のリーマンショック以降、その流れは一気に加速した。物はますます「消費されるもの」となり、かつてのように「所有する喜び」を感じる人は減っていく。しかしその一方で、団塊世代や団塊ジュニアの一部は、依然としてスニーカー、ROLEX、ポケモンカードなど“資産価値を持つ趣味アイテム”を積極的に購入した。

ただ、そこにはかつてとは異なる変化があった。
それは、リセール(転売)価値を前提とした購買という考え方の登場である。欲しいから買うのではなく、「価値が落ちないから買う」。つまり、モノは「感情」ではなく「資産」として選ばれるようになったのだ。

この変化は象徴的である。私たちは今、「物が溢れる時代」に生きているが、それでもなお、何を選び、どう付き合うかが問われている。


コレクターとは何だったのか?

かつてのコレクターは、モノに宿る価値と時間を愛し、所有を通じて“文化”を築いた。彼らは単なるモノ好きではなく、物質を通じて自分の感性と世界をつなぐ存在だった。

しかし現代のコレクターは、どこか合理的で醒めている。「売れるか」「値が上がるか」が関心の中心となり、感情よりもリターンが優先される。つまり、物との関係は「内面的な共鳴」から「市場との関係性」へと移行したのだ。

ではこれからの時代、私たちはモノとどう付き合えばいいのか?


物を選ぶとは、自分の生き方を選ぶこと

物が溢れる現代において、問われているのは「どれを持つか」ではなく、「何を持たないか」である。
無数の選択肢がある今だからこそ、「選び方」そのものが、その人の哲学を映し出す

これからの時代において、幸福とモノの関係を築くキーワードは以下のように変化していく。


● 所有より体験

便利でモノが満ちた社会において、人々が真に欲するのは「記憶に残る体験」である。旅や音楽、創造活動、誰かとのかけがえのない時間。「何を感じたか」が「何を持っているか」を凌駕する

● 丁寧な暮らし

スピードと効率を追い求めた反動として、手作業やアナログな感覚が再び求められている。料理、庭づくり、読書、工芸…「時間をかけること」自体が価値になっていく。

● 小さな共同体と自己表現

大量消費社会が終わりを告げる中、SNSの発展で「小さな共感の輪」が幸福の源になっていく。物も感情もシェアされ、「誰と分かち合えるか」が選択基準になる。

● 精神的レジリエンス

物に頼らず、状況に左右されず、自分の軸で生きる力。哲学や瞑想、表現活動、信念ある暮らしこそが、これからの豊かさの基盤となる。


終わりに――「意味のあるモノ」「意味のある時間」

これからの時代、モノとの付き合い方は単なる消費や投資ではない。
それは「どのモノが、どんな意味を自分に与えてくれるか」という、時間と感性の対話である。

物が溢れる時代の先にあるのは、選ばれたモノと丁寧に付き合いながら、
「自分らしく、意味ある時間を生きる」こと。
それこそが、新しい幸福の形であり、私たちが進むべき次のステージなのかもしれない。

 

 

 

 

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