Chanté Moore ~ 時代を超える唯一無二の透明な歌声
1967年、サンフランシスコに生まれたシャンテ・ムーア。父が牧師であったため、幼少期はゴスペル以外の音楽を一切聴かせてもらえなかったという、きわめて厳格な家庭環境で育った。だが、この制約こそが彼女の歌声に宿る「清らかさ」や「スピリチュアルな響き」の土台をつくったのかもしれない。
13歳から17歳までサンディエゴでモデルとして活動したのち、次第に作曲へと関心を寄せ、デモ・テープを制作するようになる。そして運命的な出会いが訪れる。ロサンゼルスで出演したミュージカルを見に来ていたエル・デバージとの縁から、『In the Storm』収録曲「You Know What I Like」にコーラス参加。その才能が業界に知られるきっかけとなった。幸運なことに彼女のデモが、プロデューサーでありサイラス・レーベル創設者のルイル・サイラス Jr.の手に渡り、MCA傘下の同レーベル第1号アーティストとして華々しくデビューすることになる。
1992年のデビュー作『Precious』からは「Love’s Taken Over」「It’s Alright」「Candlelight and You」（キース・ワシントンとのデュエット）といったヒットが生まれ、彼女は瞬く間にR&Bシーンに存在を刻んだ。続く94年のセカンド『A Love Supreme』からは「Free／Sail On」「This Time」「Old School Lovin’」などがチャートを賑わせる。ベイビーフェイスとの共演で注目された95年の『ため息つかせて』、さらには『ステラが恋に落ちて』のサウンドトラックでのボーイズIIメンとのデュエットなど、数々の名シーンに彼女の歌声が残されている。
特筆すべきは、彼女の歌唱が「強靭さ」と「柔らかさ」を併せ持っている点だ。ホイットニーのようなパワーヴォーカルでもなく、マライアのような超絶技巧でもない。だが、聴き手の心にすっと入ってきて、余韻を残すような美質がある。その声は、トレンドに大きく左右されず、むしろ楽曲のプロダクションによって輝きを増していった。特にジャム＆ルイスとのコラボレーションは秀逸で、彼女の透明感ある声が、彼らの重厚かつ華麗なサウンドと見事に融合し、90年代R&Bの「黄金比率」を体現している。今でも多くのファンが彼女のジャム＆ルイス作品を愛聴するのはそのためだろう。
1999年の『This Moment Is Mine』からは「Chanté’s Got a Man」や、JoJo Haileyを迎えた「I See You in a Different Light」がヒット。続く2000年には『Exposed』をリリースし、ジャーメイン・デュプリ制作の「Straight Up」が日本のラジオで大ブレイク。輸入盤R&Bブームと重なり、日本国内でも10万枚近いセールスを記録した。あの頃、深夜のラジオやクラブで彼女の声に触れたリスナーは少なくないだろう。シャンテ・ムーアのサウンドは、まさに時代を象徴する空気とリンクしていた。
その後、彼女を発掘したルイル・サイラスの死去やサイラス・レーベルの閉鎖といった困難にも直面するが、キャリアは途絶えなかった。アイズレー・ブラザーズ「Contagious」のビデオ出演、R.ケリーとの関係、そしてケニー・ラティモアとの結婚とデュエット・アルバム『Things That Lovers Do』（R&Bチャート最高3位）リリースなど、常に話題を提供し続けてきた。
ホイットニーやマライア、セリーヌ、ジャネットのように世界的なスーパースターとしての「圧倒的露出」を得ることはなかった。しかし、シャンテ・ムーアの音楽は、むしろその対極にある「コアなリスナーに愛され続ける音楽」の道を選んだともいえる。華やかなトレンドに埋もれず、いつまでも色褪せないR&Bのエッセンスを届け続けているのだ。
私自身、彼女は非常に印象深い存在だと思っている。トレンド寄りの楽曲で瞬間的に脚光を浴びるタイプではなく、むしろ聴き手が時間をかけて魅力に気づくアーティスト。特にジャム＆ルイスが手掛けた作品群はいまもって耳に新しく、90年代R&Bの洗練された煌めきを象徴している。シャンテ・ムーアは、時代を超えて聴き返したくなる「声」を持つ数少ないヴォーカリストの一人である。