音楽との付き合い方 〜買わないと知れない世界〜
気がつけば、私はずっと音楽を“買い続けて”いる。
基本的に、音楽は“買ってから聴く”というスタイルでずっとやってきた。気になったアーティストの新作を買い込み、じっくり聴き込んで、自分の中で消化した上で、誰かに紹介する。そんなサイクルが、いつしか習慣になっていた。
80年代、90年代は特に、12インチのアナログが主流だった。ひとつの楽曲に複数のバージョンがあって、ジャケット違いで収録曲も微妙に変わる。中にはプロモでしか出回っていないようなものもあって、そうなると新品では手に入らない。必然的に中古レコード屋に通う日々が始まった。
もちろん、12インチのプロモ盤をいただくこともあったけれど、オリジナルのアルバムは基本的に自分で購入していた。なぜなら、そこには“その作品が生まれた空気”が詰まっていたからだ。
そもそも、小学生の頃は日本盤の洋楽しか出会えなかった。でもそれで十分だった。世界的に有名なアーティストの名盤が、すぐ近くのレコード屋で手に入った時代。けれど、中学生になる頃、5歳上の兄の影響で六本木や渋谷のWAVEなどを巡るようになると、景色は一変した。
DURAN DURANやPET SHOP BOYSなどをはじめ、あまり知られていないアーティストのレコードや、CDシングルをジャケ買いしていたあの頃。ジャケット写真の雰囲気で内容を想像して買う、いわば“音楽の直感勝負”。その分ハズレも多かった。でも、不思議とそれが楽しかった。
その後、SAKOSHINさんなんかと行動を共にするようになってからは、選び方にも筋が通りはじめた。雑誌で得た情報を元に、クラブやDJバー、ラジオから流れる音に耳を傾け、年代やジャンルごとの特徴を体系的に学びながら、最終的にはプロデューサーで選ぶスタイルに落ち着いていった。
プロデューサーで選べば、たとえ作曲者が違ってもある程度“傾向”が読める。結果として、自分にとってのハズレは減った。でも、そういう選び方をすると、他人からは「どれも同じに聴こえる」と言われることもある。分かる。でも、それでいい。自分の耳が信じられればそれでいい。
そこからさらに未知のジャンルへと興味が広がり、海外出張の合間にも時間を見つけては、現地のレコードショップを訪れた。アメリカ、ヨーロッパ、アジア……その土地ならではの音に触れるたびに、「やっぱり買わないと知れない世界ってあるんだな」と実感した。
今の時代、音楽はスマホ一つで聴ける。アプリでストリーミングすれば、過去から現在までの膨大な作品にアクセスできる。でも、そこにあるのは“雑多な混在”だ。今を知りたい、未来を感じたいと思う自分にとって、あの世界は少し向いていない。
たしかに、インターネットは便利だ。けれど、お金を出すという行為がなければ、人は真剣に選ばないし、深く調べようともしない。そうすると、自然と教養も育たない。
でも、本当の理由はもっとシンプルだ。
リリースしている人を応援したいから。
音楽って、単なる商品じゃない。その作品を作るために費やされた時間、想い、魂。それに敬意を込めて、自分の手で選んで買う。それが、自分なりのリスペクトの形だと思っている。
以前、本の話でも触れたけど、音楽もまた「発信の場」が減ってきている。レコード屋、CDショップ、専門雑誌……時代を反映したラインナップや新しい情報が集まる場所がどんどんなくなっている。だからこそ、今、自分が意識的にそこへアクセスしなければ、本当に必要な情報は得られなくなる。
「なぜ買うのか?」と誰かに聞かれたら、こう答えたい。
買わないと知れない世界がある。
音楽との付き合い方は、時代とともに変わるかもしれない。でも、“自分で選んで、自分で支払って、その音に触れる”という原点は、これからも変わらないと思う。

