Nagano 2026 ~ A Day In The Life Of Chino City ~ Suwa Grand Shrine Kamisha Maemiya
本来であれば、諏訪大社は二社四宮すべてを巡るのが理想なのだろう。
上社(前宮・本宮)と下社(秋宮・春宮)、それぞれが約15km離れており、地図で見る以上に距離感がある。今回の旅程では、蓼科から茅野駅へ戻り、午後には新宿へ向かう必要があった。結果として、下諏訪方面に位置する下社二宮まで足を伸ばす時間的余裕はなく、参拝は上社二宮に絞る判断となった。
茅野駅から始まる、諏訪信仰の原点
「四社巡り」ではなく、「理解の入口」としての上社、結果的に、今回は上社二宮のみの参拝となった。
だが、諏訪大社の成り立ちや信仰の古層に触れるという意味では、前宮と本宮を歩いたこと自体が、十分に濃密な体験だったと感じている。
下社は、次の機会に。そう思わせてくれるだけの奥行きが、上社にはあった。
信仰がまだ「建物」になる前に
Suwa Grand Shrine Kamisha Maemiya(諏訪大社 上社・前宮)
信濃國一之宮・諏訪大社。諏訪湖の周囲に四つの境内地を持つ、全国でも極めて特異な神社である。古事記にもその名が見え、起源は1500〜2000年前ともいわれる。全国一万社以上に広がる諏訪神社の総本社であり、国内最古級の神社のひとつとされている。
諏訪大社を語るうえで避けて通れないのが、「二社四宮」という構成だ。湖の南東に鎮座する上社(前宮・本宮)、北岸に鎮座する下社(春宮・秋宮)。この四社は上下関係を持たず、参拝順にも決まりはない。だが、その中でも「諏訪信仰の発祥地」とされるのが、今回訪れた上社・前宮である。
山でも木でもなく、「水」から始まる社
JR茅野駅から南東へ約1.2km。住宅地の中を抜けると、突然、空気の質が変わる場所に出る。そこが上社・前宮だ。前宮は、四宮の中で最も素朴で、最も「神社らしくない」。鳥居をくぐってまず目に入るのは、社殿よりも先に流れる清流。水眼(すいが)である。
この水は、単なる景観ではない。前宮が「信仰の起点」とされる理由のひとつが、この水の存在だ。山から湧き出る水、土地を潤す水、命を生む水。諏訪信仰は、山岳信仰や武神信仰として語られることが多いが、その根底には明確な水の信仰が横たわっている。
大祝という「現人神」がいた場所
前宮周辺は、古く「神原(ごうばら)」と呼ばれていた。理由は明確で、ここは上社の最高神職である大祝(おおほうり)が生活していた場所だからだ。大祝は単なる神職ではない。諏訪の神・建御名方神(タケミナカタ)が降臨する依り代であり、「現人神」として扱われた存在だった。しかもその多くは、幼い男児が任じられたという。大祝を務めたのは、代々諏訪氏(神氏)。彼らは平安時代後期以降、武士団の長としても勢力を拡大し、神職と武士という二重の性格を持つ、極めて特異な一族となっていく。
つまり前宮は、神が降り、神が人として生きた場所なのだ。
本殿がないという、決定的な古さ
諏訪大社には「本殿」が存在しない。これはよく知られた特徴だが、前宮に立つと、その意味が実感として迫ってくる。下社が木を御神体とするのに対し、上社は山を御神体とする。前宮は、その上社信仰の原点であり、社殿よりも土地そのもの、自然そのものに祈りが向けられている。これは、社殿という「建築」が信仰の中心になる以前、自然そのものが神だった時代の名残だろう。
タケミナカタと、この土地の記憶
諏訪大社の主祭神は、建御名方神(タケミナカタ)と、その妃神・八坂刀売神。『古事記』によれば、タケミナカタは国譲りに抵抗し、建御雷神に敗れて諏訪の地に逃れ、この地から出ないことを条件に命を許されたとされる。だが、諏訪は黒曜石の産地であり、旧石器・縄文の痕跡が色濃く残る土地だ。「外から来た神」がこの地に根づいたという物語は、それ以前にいた勢力の存在を暗示している。
伝承に登場する洩矢神(もりやのかみ)、そしてその後裔とされる守矢氏。前宮から見上げる守屋山。山頂に鎮座する守屋神社。神話と歴史、信仰と政治が、ここでは分離されないまま重なっている。
前宮は、もっとも「原初的」な諏訪
他の三社と違うのは、前宮が最も静かで、最も情報が少なく、最も想像力を要求される場所だということだ。壮麗な彫刻も、大きな門もない。だが、その分だけ、土地そのものが語りかけてくる。諏訪大社を理解したいなら、前宮は外せない。
むしろ、前宮から始めなければ、諏訪は見えてこない。
次に訪れるときは、下社(しもしゃ) 秋宮(あきみや)(長野県諏訪郡下諏訪町武居)、 春宮(はるみや)(長野県諏訪郡下諏訪町下ノ原)、守屋山、神長官守矢史料館、そしてこの水の行方を、もう少し丁寧に追ってみたいと思う。
信仰が、まだ建物になる前の姿。それが、上社・前宮には確かに残っている。




















