TAILOR TOYO “KOSHO & CO.” × “Buzz Rickson’s” SPECIAL EDITION “334th FTR. BOMB. SQ. CHITOSE JAPAN” SOUVENIR JACKET
1950年代の朝鮮戦争時に、第4爆撃戦闘航空団 第334爆撃戦闘飛行隊“イーグルス”所属の日本に駐留していた米兵がリクエストして作ったスーベニアジャケットを再現復刻
334th Fighter Bomber Squadron
当時の最新鋭機 エリート部隊の核となった 「F-86 SABRE」、持ち主の駐留期間を施した肩口への刺繍 55-57、そしてリバーシブル構造の内側はシルバー1色のJAPAN MAP.、長崎の「N」を「H」に間違えていますが、まだ英語に馴染みのない当時の背景もそのままリアルに再現
このモデルはTAILOR TOYO – テーラー東洋ネームではなく“Buzz Rickson’s” × “KOSHO & CO.” (テーラー東洋の前身である港商(こうしょう)商会)のWネーム
しかも、JUNKYが別注した未洗い、未加工の別珍生地を採用したバージョンである
ネイビー別珍の高級感は意外とおしゃれですね
尚、TAILOR TOYOとBuzz Rickson’sの2024年版のカタログ双方に掲載されたSPECIAL EDITIONである為、欲しい人は急げ!
1950年代当時、日本国内の米軍基地周辺には、卓越した手振りの刺繍技術を持つ刺繍店が点在しており、日本へ駐在した米兵達はこぞって刺繍店へと足を運んでは“スカジャン”を特別にオーダーした。その背景には当時の為替相場が1ドル=360円であり、彼ら兵士達にとってみれば非常に安価で豪華な刺繍を施すことが出来た。こうしてスカジャン文化が開花して隆盛を極めて行った。朝鮮戦争が勃発すると、1950年代初頭から日本の入間や千歳、三沢に展開した第4爆撃戦闘航空団の第334爆撃戦闘飛行隊“イーグルス”。フロントには所有者“チャック”が所属したイーグルスの部隊章が輝いているが、正規の部隊章とは若干違ったローカルメイドならではの風合いが存分に生かされている。左袖に入った年号もレア度が高い。背面に施された刺繍は当時配備された最新鋭ジェット機、F-86セーバーと、韓国、アメリカ、日本の平和を願う思いが刺繍に込められている。戦争が終結するまで敵機を5機以上撃墜した米軍全体のF-86ジェットエースは39人に達し、その中で第4爆撃戦闘航空団から25人ものパイロットを輩出、輝かしい戦果を残した名門部隊である。リバーシブル面の身頃は、シルバー一色使いにカラフルな色糸で刺繍が施されているため、ジャパンマップと佇んだ舞妓が一層際立っている。マップに散りばめられた地名の“NAGASAKI”のNがHに変わっているのは当時間違えて刺繍されたそのままのご愛嬌。