My Double Face Sweat Parka ~ WAREHOUSE × John Gluckow Collection & Champion TRUE TO ARCHIVES
ダブルフェイス・スウェットという不器用な魅力
ここ最近、個人的に再注目しているアイテムがある。ダブルフェイス仕様のスウェットだ。
原体験は90年代に遡る。獨協大学の附属に通っていた蕨のパイセンが着ていたチャンピオン製の一着。ダブルフェイスで、しかもクルーネックなのにカンガルーポケット付きという、今思えばかなりの変化球モデルだった。スウェットの定型から少しはみ出したその佇まいが妙に記憶に残り、それを真似る形で購入したのが、自分とダブルフェイスの最初の接点だった。
その後、友人の正彦や義隆の影響もあり、アフターフーディー周辺を掘り始めた時期がある。ただし、このカテゴリーは昔から珍品扱いで、ヴィンテージとなると必然的に高額。さらに関東の気候では着用機会が限られる。厚手すぎてレイヤードが難しく、単体で着るには重さが気になる。理屈では惹かれ続けているのに、現実的には扱いづらい。そんな理由から、ヴィンテージのダブルフェイスは「理解しているが所有しない」存在のままだった。
それでも興味が完全に消えることはなく、キャンバーやケル スポーツなどがリリースするダブルフェイスを何度か買い直してきた。着るたびに納得し、同時に持て余す。その繰り返しこそが、このアイテムの本質なのかもしれない。
再び関心が強くなったきっかけは、WAREHOUSEが企画生産するJohn Gluckow Collectionの存在だ。世界屈指のヴィンテージディーラーとして知られるJohn GluckowとのプロジェクトからリリースされたThe Knockout Sweat Parka、The Olympic Champion Sweat Parka。これらは単なる復刻ではなく、ダブルフェイスという構造を現代の文脈で成立させ直している点に説得力があった。
さらに、ChampionのTRUE TO ARCHIVESシリーズから登場したDOUBLE THICKNESS PULLOVER AFTER HOODEDも象徴的だ。名前からして誤魔化しがなく、ダブルフェイスの「重さ」や「過剰さ」を欠点として処理するのではなく、思想として正面から提示している。しかし、袖が私には短い。
ダブルフェイス・スウェットは、決して万人向けの服ではない。軽くもないし、合理的でもない。だが、構造そのものに意味があり、着る側にもある程度の覚悟を要求してくる。その不器用さが、今の時代には逆にリアルに映る。
90年代に蕨のパイセンが着ていた一着を見てから、数十年を経て再び円を描くように戻ってきた関心。効率や軽さが正義になりがちな今だからこそ、こうした過剰で扱いづらい服が、静かに存在感を放っているように思える。








