Nagano 2026 ~ A Day In The Life Of Chino Station – 蒸気機関車 C1267
茅野駅の一角に、黒い鉄の塊が静かに息を潜めている。蒸気を吐くことも、汽笛を鳴らすこともないSLだ。それでも、この機関車は今も確かに走っている。時間の上を、記憶の中を。
八ヶ岳の麓、澄んだ空気に包まれた茅野という土地は、古くから人の往来と生活の節目を受け止めてきた。駅に置かれたSLは、その象徴のように見える。高度経済成長の時代、鉄路は物資と人を勢いよく運び、日本の背骨として脈打っていた。その鼓動が、ここには保存されている。
近づいて見ると、鋼鉄の肌には風雪の痕跡が刻まれている。磨き上げられた展示物というより、役目を終えた後もなお立ち続ける現役の遺構だ。触れれば冷たい。しかし、その冷たさの奥に、確かに熱の記憶が残っている。
現代の駅は、速さと効率を最優先に設計されている。電子音のアナウンス、滑らかに入線する電車、スマートフォンに視線を落とした乗客たち。その流れの中でSLは、意図的に時間を減速させる装置のようだ。ふと足を止め、なぜ人は移動するのか、どこへ向かってきたのかを問い返してくる。
このSLは、観光資源である以前に、土地の記憶装置だと思う。茅野で暮らしてきた人々、ここから旅立った人、戻ってきた人。そのすべての物語が、無言のまま車輪の内側に蓄えられている。
次に茅野駅を訪れるときは、ぜひこのSLの前で少しだけ立ち止まってほしい。走らない機関車が教えてくれるのは、急がなくても前に進める、という事実なのだから。

