1992年前後、R&Bとポップが交差した瞬間でもあるタイミングにKeith Thomasが手掛けたWannagirlという作品

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1992年前後、R&Bとポップが交差した瞬間でもあるタイミングにKeith Thomasが手掛けたWannagirlという作品

内側と外側の“Wannagirl” – R&Bとポップが交差した瞬間、そしてヒットの意味 –

1992年前後のアメリカン・ポップスは明確な転換期にあった。New Jack Swingは成熟段階に入り、ゴスペル由来のコーラスワークやメリスマがポップ市場へ本格流入。MTVを媒介に、いわゆるブラック/ホワイト・クロスオーバーは新しい局面を迎えていた。

その空気を象徴するのが、この二曲である。

Trey Lorenz – “Wanna Girl” (1992)

Jeremy Jordan – “Wannagirl” (1993)

楽曲の骨格や内容は同一。しかし提示のされ方と受容のされ方は大きく異なった。そして両作を手がけたのが、ナッシュビルを拠点とするプロデューサーKeith Thomasである点は見逃せない。

同じ曲、異なる重心

Trey Lorenz版の“Wanna Girl”は、ボーカルの出自が明確だ。フレーズ終端の処理、母音の引き伸ばし、感情の押し上げ方。いずれもブラック・チャーチ由来の語法を自然に内包している。いわばゴスペルの延長線上にあるR&Bだ。リズム・トラックは当時のR&Bフォーマットに沿っているが、歌の重心はあくまで内面にある。欲望は身体的衝動というより、欠落を埋めようとする渇望として響く。

一方、翌1993年にリリースされたJeremy Jordan版“Wannagirl”は、R&B様式を精密にポップへ最適化した作品である。ビートやアレンジは時代のトレンドを反映し、サウンドは洗練されている。だがボーカルはポップ的整合性を保ち、感情の振幅は制御されている。

ここにあるのは優劣ではない。「文化的内在」と「様式としての採用」という立脚点の違いである。

LorenzはR&Bの内側から歌い。JordanはR&Bをポップの言語として提示する。

結果として大きなヒットを記録したのはJeremy Jordan版だった。なぜか。90年代初頭のポップ市場は、R&Bの情動を求めながらも、それを完全な形で受け止める準備はまだ十分ではなかった。必要とされたのは、翻訳だった。Jordan版は、R&Bのグルーヴとコード感を保ちながら、ホワイト・ポップ市場に適合する声質と提示の仕方を備えていた。ブラック・ミュージックの様式は維持されつつ、文化的距離は縮められていたのである。これは単に「白人が歌ったから売れた」という単純な構図ではない。むしろ当時の市場構造が、R&Bの情動を“ポップ的文脈で再提示すること”を強く要請していたということだ。その意味で“Wannagirl”のヒットは、クロスオーバー時代の必然だった。

この両バージョンを同じプロデューサーが手がけている事実は重要である。

Keith Thomasはジョージア州出身。ゴスペルを基盤に育ち、Ronjoy MusicやWord Recordsでの活動を経てポップ市場へ進出した。彼は、ゴスペル的情動理解、CCM的メロディセンス、ポップ構造の明瞭さを統合できる世代に属していた。同じ楽曲を、内側からも外側からも成立させる。それはプロデューサーとしての翻訳能力の証明でもある。90年代初頭、R&Bとポップの境界は歌い手だけでなく、制作側からも意図的に曖昧化されていった。その中心にいた一人がThomasだった。

この時代のクロスオーバーを象徴するアーティストとして、Vanessa Williamsの存在も欠かせない。ブラック・ボーカルの質感を保持しながら、ポップ市場へ完全適応する。R&Bの感情を削がずにフォーマットへ最適化する。その成功は、文化と市場の交差点を可視化した。また、Amy Grantのように、CCMからポップへ越境したアーティストも、ゴスペル的情動を主流市場に持ち込んでいた。

同じ“Wannagirl”でも、それが指すものは異なる。恋愛衝動か、魂の渇望か、それとも市場が求めた新しいポップの形か。Lorenz版は文化の内側からの声。Jordan版は文化を横断する設計。そして両者を成立させたKeith Thomasの制作は、R&Bとポップが衝突ではなく“接続”へ向かった瞬間を示している。

1992~93年。R&Bはポップに吸収されると同時に、ポップを変質させた。“Wanna Girl”と“Wannagirl”は、その交差点を示す二つの座標である。ヒットの大小を超えて、この二作は問いを残す。R&Bはどこから鳴るのか。そして、誰の声として届くのか。軽やかなタイトルの裏側には、文化と市場の力学が刻まれている。

 

 

 

 

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