My Wrangler Denim Jacket Collection ~ Original Vintage 11MJ, 111MJ & Reproduction Champion Jacket, 888MJZL
なんだかんだ言って、WRANGLERでは、やっぱりジョン・レノンがセットアップで着ていたモデルがいちばん好きだ。
いろいろなデニムを着てきたし、オリジナルから復刻、リプロダクション、加工物まで、それなりに経験してきたつもりだ。それぞれに良さがあり、作り手の意図も違えば、着ることで得られる満足感も違う。長年にわたってさまざまなアイテムに触れてきたことで、ようやくその違いを理解し、自分の着こなしのなかで使い分けられるようになってきた。
若い頃は、やっぱりオリジナルしかあり得ないと思っていた。
当時の空気や時代背景まで含めて、その時代に作られたものだけが持つ説得力がある。経年変化による色落ちや生地の表情、現代の製品ではなかなか再現できない独特の雰囲気。そうした魅力に惹かれると、どうしてもオリジナルこそが正解だと思いたくなる。
しかし、実際に着続けていると、オリジナルならではの不自由さも見えてくる。
シルエットが現代の服と合わなかったり、サイズやコンディションに制約があったり。ヴィンテージとしての価値と、今の自分が着たい服としての価値は、必ずしも一致しない。
そこで別注やカスタムモデルに目が向く。オリジナルの魅力を理解したうえで、現代の着こなしに合わせてシルエットやディテールを調整する。そうすることで、歴史的な背景を感じさせながらも、今のスタイルに自然と馴染む一着になる。
一方で、メーカーが自社のアーカイブをもとに再現する復刻モデルにも、また違った魅力がある。
当時の資料や仕様を参照しながら、ブランド自身が過去の製品を現代に蘇らせる。新品のリジッドデニムから穿き込み、自分だけの色落ちを育てていく楽しみもある。すでに誰かが作り上げたヴィンテージの表情を手に入れるのではなく、当時の設計思想を受け継いだ服を、自分の時間で変化させていく。
さらに、ヴィンテージの専門家や作り手たちが集まり、当時の生地や縫製、パターン、ディテールを研究して生み出すリプロダクションにも惹かれるようになった。オリジナルを研究対象として捉え、どこまで忠実に再現できるかを追求する姿勢には、また別の面白さがある。最初から加工によってヴィンテージの風合いを表現した製品も、実際に着てみると、その完成度や実用性に感心することがある。
こうして振り返ると、ずいぶん遠回りをしてきた気もする。
オリジナルにこだわり、現代的なシルエットを求めて別注を選び、メーカーの復刻をリジッドから育て、リプロダクションや加工物にも手を伸ばす。ひと通り経験したからこそ、それぞれの違いがわかるようになったのだと思う。
以前なら、どれかひとつを正解にして、ほかを否定していたかもしれない。しかし今は、必ずしもそう考えなくなった。
大切なのは、何がいちばん正しいかを決めることではなく、その服が持つ背景や特徴を理解し、どんな場面で、どう着るかを考えることなのだろう。
もちろん、何でもいいというわけではない。オリジナルにしかない魅力もあれば、復刻だからこそ安心して着られる場面もある。リプロダクションには研究と再現の面白さがあり、加工物には加工物ならではの完成された表情がある。それぞれの価値を認めながら、自分のスタイルに必要なものを選べるようになったことが、経験を積んだいちばんの収穫なのかもしれない。
それでも、WRANGLERに関しては、やっぱりジョン・レノンがセットアップで着ていたモデルに惹かれる。
単純に、デニムジャケットとジーンズを組み合わせれば格好よく見える、という話ではない。WRANGLERが持つ独特の佇まいや、ほかのデニムブランドとは少し違う空気感。そして、それをセットアップで着ることによって生まれるバランス。そうした要素が、自分のなかではひとつの完成形として結びついている。
ただ、その魅力は必ずしも周囲に伝わるものではない。
誰もが知っている定番ブランドの、誰もが格好いいと思うモデルを着ていれば、話は早い。シルエットが今風だったり、ひと目でヴィンテージとわかる色落ちだったりすれば、服に詳しくない人にも何となく伝わる。
ところが、WRANGLERには、そうしたわかりやすさとは少し違う魅力がある。
もちろん、WRANGLERにも長い歴史があり、デニムの世界では確かな存在感を持つブランドだ。しかし、ファッションの話をするとき、どうしても話題の中心になりやすいブランドやモデルがある一方で、WRANGLERの魅力は、着ているだけでは伝わりにくいこともある。
なぜそのモデルなのか。なぜそのシルエットなのか。なぜ別のブランドではなく、WRANGLERなのか。
そんなことを説明し始めれば、いくらでも話せるのかもしれない。けれど、実際にはそこまで話す機会もないし、そもそも、すべてを理解してもらう必要があるわけでもない。
それでも、たまには少しだけ不満に思う。
これだけ気に入って着ているのに、誰も気づかない。褒められることもない。自分では十分に格好いいと思っているのに、その良さを共有できる相手は意外と少ない。
ただ、考えてみれば、それも悪くないのだろう。
服を選ぶ基準が、他人からどう見られるかだけではなくなったということでもある。流行っているからでも、わかりやすく格好いいからでもない。自分がその服の背景を知り、実際に着て、納得しているから選ぶ。そういう服との付き合い方ができるようになったのは、長くファッションを楽しんできたからこそだと思う。
WRANGLERは、多数派に向けたブランドではない。
少なくとも、私にとってはそういう存在だ。知識や文脈を共有できたときにだけ、静かに通じ合う服。大げさに主張する必要もなければ、誰かに認めてもらうために着る必要もない。
これからも、きっといろいろなデニムを手に取るだろう。新しい復刻モデルに感心することもあれば、古いオリジナルの魅力を再発見することもあるはずだ。年齢や体型、好みの変化によって、似合うものや着たいものも変わっていく。
それでも、WRANGLERを着るときには、また同じモデルに手が伸びるのだと思う。
理解されにくいからこそ、着る意味がある。
そう思える服は、そう多くはないのだから。













