Niigata 2026 ~ A Day In The Life Of Itoigawa / Ken8 Ver.
■ 2026年冬 日本海側の雪が突きつける「生活のリアル」と、日本社会の現在地
2026年の冬、日本列島は改めて「自然の国」であることを突きつけられている。
今季は今世紀でも屈指と言われるレベルの寒波が断続的に流入し、日本海側では記録的な大雪となった。北日本から西日本の日本海側では、数日間にわたって降雪が続き、交通・物流・生活インフラに広く影響が出た。特に1月下旬の寒波では、各地で観測記録を更新するレベルの「ドカ雪」が発生。豪雪地帯では数メートル級の積雪となり、ピークを過ぎても雪害リスクが残り続ける状況が報告されている。
■ 雪は「災害」ではなく「生活そのもの」
大雪報道ではどうしても“被害”に焦点が当たる。しかし現場では、もっと生々しい現実がある。
例えば除雪作業。
屋根の雪下ろし。
移動制限。
孤立リスク。
2026年1月の大雪では、日本海側各地で死傷者も発生し、除雪作業中の事故が命に直結する現実が改めて可視化された。これは都市部ではほぼ想像できない種類の「日常リスク」だ。
都市は災害を「イベント」として経験するが、豪雪地帯は災害を「季節」として生きている。
■ 都市と地方の分断は、気候によって固定化されていく
今回の冬型気圧配置は、日本の社会構造を象徴するようなコントラストを生んだ。
・日本海側:雪、輸送制限、生活負荷
・太平洋側:晴天、乾燥、低温
関東では雪がほとんど降らないまま、乾燥と低温だけが続くという典型的な冬になっている。つまり、日本は同じ国の中で「別の冬」を生きている。この差は、今後さらに社会格差と結びついていく可能性がある。
- インフラ維持コスト
- 高齢化地域の除雪負担
- 物流維持コスト
- 生活利便性
雪は「地域の運命」を静かに規定する。
■ それでも人は自然の近くへ戻ろうとしている
ここで興味深いのが、逆流現象だ。
都市集中が続く一方で、二拠点生活、地方拠点、セカンドハウスは確実に増えている。私のまわりでも、数年前に埼玉・秩父にアトリエを建設したMANABU氏もそうだが、Ken8が新潟・糸魚川に別宅を持ち、自然を体験しているという話は、象徴的だと思う。
これは単なる「地方暮らしブーム」ではない。むしろ、便利さの飽和、安全の錯覚、デジタル疲労こうしたものの反動として、「環境そのものに触れる生活」を求める流れが生まれている。
■ 本当の豊かさは「制御できないもの」とどう共存するか
都市は、温度を制御し、光を制御し、時間を制御する。
だが自然は違う。
雪は止められない。寒気は交渉できない。季節は待ってくれない。
しかし、人間は本来、そういう世界で生きてきた。
だからこそ今、「自然に近い生活」がノスタルジーではなく、精神的な回復装置として機能し始めているのかもしれない。
■ 2026年という時代の象徴
この冬が象徴しているのは、単なる寒さではない。
- 気候変動
- 社会格差
- 都市集中の限界
- 生活価値観の転換
すべてが、静かに重なっている。
ニュースは「大雪警戒」と報じる。だが、その裏では、「人間はどこでどう生きるのか」という問いが、確実に深くなっている。そして、雪の糸魚川で自然と向き合う生活は、もしかすると未来の「実験」なのかもしれない。
不便さと引き換えに、現実とつながる生活。
2026年の冬は、その価値を、静かに提示している。
Niigata 2017 ~ A Day In The Life Of Niigata Vol.1 – Itoigawa Station
Niigata 2017 ~ あおい食堂




