マイケル・ジャクソンを、36歳下の息子と聴く
映画『マイケル』が公開された。
「スリラー」「今夜はビート・イット」など、数々のヒット曲を世に送り出し、“キング・オブ・ポップ”と呼ばれるまでになったマイケル・ジャクソン。その華々しい成功の裏側にあった孤独や、幼少期から続いた父親ジョー・ジャクソンによる厳しい支配も描かれる伝記映画だ。
マイケルを演じるのは、彼の甥であるジャファー・ジャクソン。監督は『イコライザー』シリーズのアントワーン・フークア。
公開早々の6月、36歳も年下の息子が品川の映画館まで観に行った。
そして、帰ってきた息子にサウンドトラックを買ってやった。
なんだか不思議な気分だった。
自分が若い頃に夢中になったアーティストを、息子が映画館で観ている。
しかも、映画の中でマイケルがレディーボーデンを食べていたらしく、「マイケルもレディーボーデン食べてたよ」と、息子がちょっと誇らしげに教えてくる。
私は昔からレディーボーデンが好きで、当然のように息子も小さい頃から食べてきた。
「そこに食いつくのか」
と、思わず笑ってしまった。
音楽もアイスクリームも、世代を超えると妙なところでつながる。
個人的には、マイケル・ジャクソンといえば、やはり世代によって思い入れのある作品が違う。
60代の先輩方と話をすると、「Off The Wall」や「Thriller」の評価が圧倒的に高い。
もちろん、それはよく分かる。
「Thriller」が世界の音楽シーンを変えたことは間違いないし、「Off The Wall」には、まだ若きマイケルの凄まじい才能と、クインシー・ジョーンズを含めた当時の音楽人たちの仕事が凝縮されている。
一方、私の世代には「Dangerous」への思い入れが強い。
特にTeddy Rileyが手掛けたサウンドは、自分たちが音楽を聴いていた時代の空気そのものだった。
私が小学生の頃、洋楽の日本盤CDシングルとして最初期に発売された作品のひとつが「BAD」だったと記憶している。
兄に言われて、初めて自分で買ったCDも「BAD」だったと思う。
その後、アルバム『Bad』をよく聴いた。
そして、マイケルだけではない。
少し前にリリースされたJanet Jacksonの『Control』にも強烈なインパクトを受けた。
さらに個人的には、Prince一派であるJam & LewisがプロデュースしたJanetの『Rhythm Nation 1814』に夢中になった。
今振り返ると、あの頃の音楽は単に「洋楽」という括りではなかった。
アーティスト、プロデューサー、レーベル、ミュージシャンが複雑につながりながら、次々と新しいサウンドを生み出していた。
自分が何気なく聴いていた音楽の背景に、後になって知ることになる巨大な音楽史があった。
今回、マイケルの映画をきっかけに、過去作品のオフィシャルな再発も期待していた。
ところが探していると、JANETやMADONNAなどと一緒に、いわゆるブートレグ的な、非正規に企画された作品を見つけた。
面白そうなので、いくつか購入してみた。
こういうものを見つけると、つい手を出してしまう。
音楽は不思議だ。
新しい音楽を聴いているつもりでも、結局、自分の青春時代に戻っていくことがある。
そして今回、さらに面白かったのが、息子がマイケルに興味を持ったことだった。
私と息子には36年の年齢差がある。
私が「BAD」を初めて買った頃、息子はまだこの世にいなかった。
私が『Dangerous』を聴いていた頃の熱量も、息子には当然存在しない。
それでも、息子は映画を観て、マイケルを知り、サウンドトラックを聴いている。
もちろん、これが一時的な興味なのかもしれない。
映画を観たから聴いているだけかもしれない。
でも、もし何年か後に息子が自分でマイケルのアルバムを買い、「やっぱり『Thriller』ってすごいよね」なんて言い出したら、それはそれで面白い。
さらにその先、息子自身が誰かにマイケルを聴かせる日が来るのだろうか。
音楽は、親から子へ意図的に「伝承」されるものでもない。
一緒に聴いたり、映画を観たり、CDを買ってあげたり。
そういう何気ない出来事の中に、いつの間にか残っていくものなのかもしれない。
自分が兄から教えてもらった「BAD」。
そして今、自分の息子が映画館で観ている「マイケル」。
そう考えると、音楽というのは、時代を繰り返すのではなく、世代をまたいで少しずつ形を変えながら残っていくものなのかもしれない。
さて、36歳も下の息子は、これから何を聴いていくのだろう。
そして、いつか自分の子どもに、どんな音楽を聴かせるのだろう。
その時、マイケル・ジャクソンはまだそこにいるのだろうか。
少し楽しみにしている。

