TOKYO 2024 ~ A Day In The Life Of Izu Oshima Island Vol.2 – 為朝神社と旅館 ホテル赤門
ホテル赤門の物語の始まりは、1156年の保元の乱(ほうげんのらん)
平清盛が全盛を誇っていた1156年、天皇の後継を巡って起こった保元の乱で、弓の名手として名高い源為朝(みなもとのためとも)は清盛に敗れ、伊豆大島に流罪となりました
為朝は、その身柄を預けられた島代官の「藤井三郎大夫忠重(ふじいさぶろうだいぶただしげ)」の娘を妻とし、次第に勢力を拡大
大島のみならず他の島々にまで勢力を伸ばすに至ります
その勢力拡大を問題視したのか、朝廷は為朝討伐の軍船を出し、大島に攻め込みます
為朝は、その軍勢を迎え撃ちますが、多勢に無勢、ついには自刃して果ててしまいます
その為朝の武勇をたたえて建立されたのが「為朝神社」です
以来、800年以上にわたり代々の島代官である藤井家が中心となって神社を守り、島民たちも信仰を続けてきました
ホテル赤門は島の代官所であり、為朝の住まいがあった場所に建設され、その敷地の中には「為朝神社」があります
まさに大島の歴史を見守り続け、為朝信仰を受け継いできた歴史と伝統に彩られたホテルです
<大島> ホテル赤門 – 井伊部長の温泉グルメ探訪
ホテル赤門 伊豆大島